当研究室では,ナノスケールから目に見えるものまでの組織形成過程を統一的 に理解するための指導原理を見いだすことを目的としている.理論的な研究が 主体となるが,大学院生の研究テーマに関しては,理論的な研究の対象である 組織形成の素過程に関する理解を深めることと,材料設計についての基礎知識の習得を目的としてマクロ・メゾスケールの組織形成過程のコンピュータシミュレーションを選択することが多い.以下に具体的な研究テーマについて説明する.
(1)組織形成の初期過程の解明
材料の組織は複雑な形態,構造を示すが,その形成過程は高々数個の偏微分方 程式で記述できるであろうという観点に立ち,組織形成過程を統一的に把握す ることをめざしている.現象についての理解を容易にするため,ほとんどの場 合,A-B2元合金を研究対象材料としている.主に高温単一相から平衡温度以 下に急冷したときの組織の時間発展に注目する.高温での単一相が準安定ある いは不安定な状態になり,濃度の揺らぎに伴い新しい相が形成される.これが 組織形成の出発点となる核形成あるいはスピノーダル分解であるが,その本質 は完全には理解されているとはいえない.当研究室では離散的な原子配列を確 率過程論に基づき記述するマスター方程式とマクロな現象を表現する偏微分方 程式は本来無関係ではなく,両者は同じ現象を違った側面から捉えていると考え,相互関係を明確にするとともに,マクロスケール・メゾスケール双方の特 長を生かした相補的な現象の理解をめざす.組織形成の初期過程は直接観察が 難しく,素過程に関しては実験による実証が難しいため,理論的な研究の役割 も重要と考えられる.非平衡統計熱力学を中心した研究必要な道具立ての構 築・整備が当面の課題であるが,それと同時に,核形成に,相分離などこれまで 取り組んできた現象を例題として,現在までに構築した理論の検証も行っていく.

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(2)組織形成過程のコンピュータシミュレーション
材料の原子配列の予測などメゾスケールの問題拡散に支配される析出,相変 態時の組織発展,界面移動などマクロスコピックな現象などがコンピュータシ ミュレーションの対象となる.シミュレーション手法としてはモンテカルロ法,
分子動力学,非線形拡散方程式の数値解などを利用している.理論的な研究が単 純な2元合金を対象としているのに対し,シミュレーションでは,できるだけ 実用材料に近い組成の多元系材料にまで適用することを念頭においてモデル化 を進めている.現在までにシミュレーションの対象にしたのは鉄鋼材料や超合 金など構造材料の相変態組織形成が主体であったが,今後は半導体のエピタキ シャル成長,セラミックスの燒結過程など学生の勉強になるものも取り扱って ゆきたい.当研究室でのコンピュータシミュレーションの位置づけは,実験的 にも理論的にも取り扱い困難な現象の素過程の理解と大学院生の教育を目的とするものであり,シミュレーションそのものが最終目的となる場面はあまり多 くない.

以上当研究室での研究課題について説明したが,多様な材料組織形成学研究の なかのごく一部を担当しているに過ぎない.材料組織形成学ほど対象や方法論 が漠然としている分野は他にもあまり例がないだろう.したがって,研究者の 科学感や技術にたいする見方が,研究テーマや研究方法に強く反映すると考え られる.上記に示したように当研究室では古い問題であっても,物理的,数学 的に興味のある問題に研究対象を絞っているが,この問題は先端材料の開発と いった実用上重要な問題と同等以上の重要性をもっていると考えているからに 他ならない.
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